活躍する若手教員3 超短パルスレーザーを駆使する


片山郁文教授

Q1:片山先生は超短パルスレーザーと物質の相互作用の研究を専門としていらっしゃいますが、
まず超短パルスレーザーと普通のレーザーはどのように違うのでしょうか?

 超短パルスレーザーとは、カメラのフラッシュのようなもので、ほんの一瞬だけ非常に強い光を放つ光源のことです。 レーザーポインターなどに使われる普通のレーザーは、一定の強度の光が連続的に出射されていますが、超短パルスレーザーでは1ピコ秒(10-12秒)以下という非常に短い時間にのみ光が存在するような光源となります。 1ピコ秒に光は0.3ミリメートルしか進むことができませんから、本当にほんの一瞬で、そのおかげで物質中の電子の動きという極めて早い現象を明らかにすることができます。 実際にはこのような光が1秒間に千回から数千万回出射されるので、人間の目には普通の光のように見えますが、光のエネルギーは非常に短い時間に集中していますので、もう一つの特徴として、その瞬間にはとても強い光強度が得られることになります。 このために、レーザーによっては空気中にレンズで集光するだけ空気がプラズマ化したり、物を加工するのに使われたりしています。 2018年のノーベル賞がこのような短い時間に高い強度の光を発生する方法に与えられたことは記憶に新しいところですが、このようなレーザーを使って物質を制御したり、見えないものを見えるようにしたりする研究を研究室では行っています。

Q2:超短パルスレーザーを使うと物質のどのような性質がわかるのでしょうか?

 超短パルスレーザーが光る時間は1ピコ秒程度ですので、そのような時間領域で何が起こっているのかを知ることができます。 例えば、物質は電子が原子間の結合を担って安定化しているわけですが、この電子の運動がおこる典型的な時間スケールは、超短パルスレーザーの時間幅とほぼ同等になっています。 したがって、電子が物質中でどのように運動するのか、原子と原子がどのように結合しているのか、また、化学反応などで電子の授受がどのように行われるのか、といった情報を得ることができます。 このような時間的な変化の情報は、これまでの連続的な光源では得ることのできなかったものですので、これまでに見ることのできなかった物質の性質を調べることができ、物質に対する理解を深めることにつながると考えています。 また、このような理解をベースにすれば、今度はその移動する電子を時間的に制御する、といったことも可能となりますので、化学反応や物質の性質を制御することを目指した研究も進めています。

Q3:超短パルスレーザーを用いた分光研究はどのような応用があるのでしょうか?

 先に述べましたように、超短パルスレーザーを用いることで、物質内の電子の動的な情報を得ることができますし、電子の運動を制御することも可能です。 したがって、材料の評価や化学反応の制御に使うことが可能になってくると思います。 また、応用としてもう一つの重要な軸は、電子デバイスの高速化です。 現在、半導体デバイスの処理速度は非常に高速になっており、1秒間に109程度(ギガヘルツ)の演算を行える状況ですが、現在のデバイス動作原理では、おおむねこの程度が限界であろうと考えられています。 一方で超短パルスレーザーの時間幅は、1秒の1012分の1程度(ピコ秒・テラヘルツ)に達しており、次世代の超高速演算デバイスの動作原理を開拓するうえでも非常に重要な周波数領域になると考えています。 我々の研究室では、このようなテラヘルツ領域の電磁波を発生・検出し、それをイメージングやエレクトロニクス、科学研究などに応用する研究も進めています。 超短パルスレーザーやテラヘルツ波はまだそれほど応用が広がっていませんが、だからこそ未踏の可能性がまだまだ残っている光源なのだろうと思います。

Q4:片山先生は文科省の学術調査官もされていましたが、大学の先生がどのように研究テーマを設定し、また予算を獲得しているのか、教えてください。

 研究テーマの設定は、大学で研究する中で最も重要で面白いところかもしれません。 私の場合は、子供のころから鉱物採集等を通して、キラキラと輝く結晶に魅せられてきました。 それもあって大学時代に光の研究を志し、大学院時代に超短パルスレーザーと出会い、それを使って何か面白いことはできないかと日々考えています。 研究のアイディアは学会や、論文、学生さんや他の研究者との会話等、本当にいろんなところから思いがけず出てきたりします。 そんななかで自分が面白い、と思えたテーマに集中的に取り組むというようなスタイルでこれまで研究してきました。 その中で本当に重要だと思うのは、色々なことに興味を持つこと、そしていろいろな人とのコミュニケーションをとることだと思っています。 これまでに取り組んできたどのようなテーマも一人で思いついたものはなく、いろいろな人と議論する中で出てきました。 実際に文部科学省で学術調査官を務めていた際にも、昼食時の雑談で話したことが、今の研究テーマになっているといった例もあったりします。 予算の獲得もある意味、自分が面白いと思うことをいかに伝えられるかというところにかかっているのだと思います。 研究費は主に科学研究費補助金などの政府の予算を使わせていただいていますが、なぜそれが面白いのか、重要なのか、というところをできるだけ掘り下げるように心がけています。

Q5:先生の教育・研究方針や学生に対する期待を教えてください。

 学生の皆さんには、自分が面白いと思ったことや、やりたいと思ったことに自信をもって取り組んでもらえるようにしたいと思っています。 研究はこれまでに誰も取り組んだことのないことに取り組む営みだと思っています。 だれも正しい答えを知っているわけではありませんから、間違えたり、詰まったりすることもよくあると思います。 教員としてはそのような時にうまく前向きに進む方向を決められるようにサポートしたいと考えています。 私の研究室では、超短パルスレーザーという特徴のある光源を用いて、今までに見ることのできなかった現象を可視化し、それを制御することを目指しています。 興味を持っていただけたなら、ぜひ皆さんと一緒に、世界で初めての研究を進めたいと思いますので、遠慮なく連絡していただければ嬉しいです。

【注】所属、肩書き等はインタビュー当時のものです。(写真撮影:田邊悠斗)